中国のファッションブランド「AO YES」が挑むオリエンタルとファッションの融合
- ikuru15129
- 2024年6月26日
- 読了時間: 6分
更新日:2024年12月12日

中国上海を拠点に活動するファッションブランドAO YES(オーイエス)。VOGUEに経歴を持つ王穎超(ワンインツォー・Austin Wang)と、文化服装学院を卒業した劉炎松(リュウイェンソン・Liu Yansong)の二人のコンビネーションが、ブランドがスタートした2022AWシーズンから確かな足取りで前進し続けている。東京での活動も視野に入れる中国のニューカマーに迫った、日本のメディア初となるインタビュー。
東洋と西洋文化の融合
ーまず初めに、ブランドの始まりについてお聞きします。VOGUEの元編集者であるAustinさんと、⽂化服装学院を卒業したLiuさんはどのようにして出会ったのでしょうか?
私たちは元々仲の良い友⼈でした。⼆⼈ともオリエンタルのファッションを現代的な視点から解釈し、多くの人々に届けたいと考え、AO YESがスタートしました。
ーVOGUEと⽂化服装学院において、お二人はそれぞれどのようなことを⾏っていたのでしょうか?
私(Liu)はアパレル技術科の専攻で、主にパターンメイキングと量産の知識を学び、AustinはVOGUEで主にクリエティブとスタイリングの仕事に携わっていました。
(THE VAN)ブランドでは主にどのような役割があるのでしょうか?
Austinと私は、簡単に⾔うとスタイリストとパタンナーの組み合わせです。先のクリエイティビティとブランドイメージはAustinに任せ、そして⼆⼈でデザインの部分を協⼒し合い、その後の商品開発とサプライチェーン管理は私が担当しています。
ーキャッチーで掴みやすい名前とロゴはどのように決まったのでしょうか?
ブランド名「AO YES」の頭⽂字AとYは、⼆⼈の名前(Austin と Yansong)から取っていて、「AO」は漢字の「凹」の発⾳であり、「YES」は英語が由来です。ブランドでは東洋と⻄洋⽂化の融合のイメージを表現しているので、ブランド名も中国語と英語の組み合わせを反映しました。また、ロゴにはAOの⽂字の中に「凹」を埋め込んでいます。AO は多くの⾔語で最も発⾳しやすい⾳節でもあり、⾃⼰表現への欲求も込められています。
(THE VAN)ブランドロゴにもそうですし、コレクションを拝⾒しても「⾚」がブランドを象徴していますね。
中国⼈はもともと⾚い⾊が好きです。 中国⽂化の中で⾚は喜び、幸運、熱意を表しています。 AO YESにとっては、情熱、⼤胆さ、開放感、活気を意味します。
伝統要素を今風に、程よく取り入れる
ーブランドとしては、"前衛的な感覚を持つ東洋の知識⼈のイメージ"を作り出すことを試みており、⽂化とファッションの融合は、伝統に触れる素晴らしい機会を生み出していると思います。AO YESが持つ視点は伝統を⽇常へと融合させるモダンさがありますし、そこをクールに描くことは知識⼈にとっても重要なことだと思います。どのような意義や理由があって、このような⽅向性が掲げられているのでしょうか?
AO YESでは、⽇常⽣活の中に成り⽴つオリエンタルファッションを提案することに努めています。 ⻄洋の多くのデザイナーやブランドが、東洋⽂化(中国や⽇本など)をコレクションに取り⼊れることは珍しくないと思います。ですが、私たちは東洋の世界に拠点を置くデザイナーとして、より深い理解と現代的な視点を通して、今現在における東洋⽂化とファッションの融合を解釈することが重要であると考えています。
⾐服は環境を反映するものであり、かつては優秀であった20世紀初頭の中国の知識⼈たちは、時代のトレンドセッターとなりました。 彼らの学識、着こなしなどはすべて、知恵と⽂化への敬意と提示を反映しています。 24AWコレクションでは、ブランドの視点を通して知識⼈のイメージを再解釈し、知恵に敬意を表しました。
ーそのようなトラディションをモダンに翻訳する際に意識していることはありますか?
人々が服を着る時に⼼の負担がなく、現代のエスセティクスを重視して、綺麗、カッコ良い、美しいといった感覚を表現しています。伝統要素を今⾵に解釈しつつ、程よく取り⼊れることが重要だと思っています。
ー24AWは「SENSEI」がテーマでしたが、AO YESの解釈がうまくマッチしたコレクションであったと思います。
「SENSEI」は中国語と日本語共に知識⼈の敬称です。24AWコレクションはステレオタイプにとらわれず、⾃分らしさを保ちながら、インテリにファッショナブルなイメージのチョイスを増やそうという考えがありました。
(THE VAN)出発点はLiuさんの先⽣に対するイメージだったのでしょうか?また、表現を試みたのは「⽇本」や「中国」の先⽣に対するもの、もしくは先⽣という存在が持つ「境界線」に対してだったのでしょうか?
もっと漠然としていて、それほど特定の⼈間に対してと言った制限はないです。 中国の古いことわざに "三⼈寄れば必ず我が師有り "というのがあり、そのイメージは出発点としても頭にありました。
多方面、多可能性があるブランドに